大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和61年(ネ)2616号 判決

控訴人 エム・テイー企画株式会社

右代表者代表取締役 高田元興

右訴訟代理人弁護士 近藤節男

園高明

被控訴人 株式会社住友銀行

右代表者代表取締役 熊谷一彌

右訴訟代理人弁護士 下飯坂常世

海老原元彦

広田寿徳

竹内洋

馬瀬隆之

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  控訴人と被控訴人銀行江戸川橋支店との間に普通預金取引のあつたことは当事者間に争いがない。

二  控訴人は、被控訴人との間に本件二通の手形につき取立委任契約が成立した旨主張するので、これにつき判断する。

1  ≪証拠≫を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  控訴人は同主張の手形要件を記載した本件(1)、(2)の各手形を所持していたが、控訴人代表者高田は、昭和五九年一〇月五日本件二通及びほか一通の手形の振出人である都市企画設計が銀行不渡りを出したことを聞知し、同月九日顧問弁護士近藤節男の事務所を訪ね、右手形三通を持参してその対策につき相談したところ、同弁護士から、白地となつている満期日を補充するよう注意されたので、いずれも昭和五九年一〇月一一日と記入して補充し、更に、支払期日に手形の呈示がないと裏書人に対し責任追及ができなくなるので、多忙に紛れて失念しないよう早めに銀行へ行つて手形に不渡り符箋を付して貰うようにとの進言を受けた。なお、同弁護士は、説明の過程で銀行に対する取立委任についても触れたが、高田がこれを理解しかねていたので、法律の素養に乏しい同人にも理解できるようにと右の助言にとどめた。

(二)  控訴人代表者高田は、同日昼ころ右手形の支払場所である被控訴人銀行江戸川橋支店に赴き、窓口の女子行員五味淵に対し同店備付けの入金伝票と控訴人名義の普通預金通帳を添えて本件二通の手形及び他三通の手形を差し出し、入金依頼をしたが、都市企画設計が同月五日不渡りを出し銀行取引停止処分を受け、被控訴人銀行江戸川橋支店との取引口座も解約になつていたので、五味淵から取扱いについて相談を受けた同支店営業課長補佐伏見公男は、高田に対し都市企画設計が銀行取引停止処分になり口座も解約されているから、入金できない旨を告げたところ、高田は前記五通の手形に不渡り符箋を付するよう要求した。

(三)  ところで、銀行実務では、手形の支払場所が他銀行か被控訴人銀行の他支店である場合には、手形交換に回し、その不渡り手形については支払拒絶の文言を付した符箋を付するが、支払場所が当該支店の場合(当店払い)、右符箋を付さないものとされているけれども、同支店副長田村富男の指示を仰いだ結果、符箋を付けても振出人に迷惑が及ぶことはないとの判断から高田の要望どおりにすることに決し、右各手形に「この手形本日呈示されましたが停止処分済(取引なし)につき支払致しかねます。昭和五九年一〇月九日株式会社住友銀行江戸川橋支店」と記載した符箋を付したうえ、ちようど帰店した副支店長齋藤弘を通じてこれを高田に返還した。

(四)  同人は、同月一二、一三日ごろ近藤弁護士に対し電話で言われたとおり符箋を付けて貰つたと報告した。

以上の事実が認められ、≪証拠≫中、高田が、被控訴人銀行江戸川橋支店において、本件手形等につき取立依頼の意思表示をした旨並びに「何度もご足労願つてはなんだからしばらく待つてください。」と言われて待たされたあと符箋の付いた手形を返された旨の供述部分及び右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信し難く、他に同認定に反する証拠はない。

2  前認定事実によると、控訴人代表者高田は、本件二通を含む五通の手形の振出人である都市企画設計が不渡りを出したので、顧問弁護士の助言に従い、手形に不渡り符箋を付して貰うため満期日(昭和五九年一〇月一一日)の以前である同月九日支払場所とされている被控訴人銀行江戸川橋支店において前記手形五通を差し出して入金手続を依頼し、係員より振出人の都市企画設計に対する銀行取引停止処分を理由に入金手続を拒否されるや、手形に不渡り符箋を付するよう要求し、同符箋を付した右手形の返還を受けたことが明らかである。

そうすると、控訴人と被控訴人との間に前記手形の取立委任が成立した事実はないものというべきであり、仮に高田による入金依頼が取立委任申込みを含む趣旨であつたとしても、同人が上記符箋を付した手形の返還を受け、これに異議を申し出ることなく持ち帰つたことにより右取立委任の申込みは撤回されたものと解するのが相当であるから、取立委任が成立したことを理由とする控訴人主張は失当である。

三  控訴人は、仮に入金依頼としても、被控訴人は本件二通の手形等を満期日まで所持し、控訴人のため支払呈示の効果を発生させるべき手続をとる義務があつたと主張する。

しかしながら、確定日払いの約束手形所持人が裏書人に対し遡及権を行使するには、満期日又はこれに次ぐ二取引日以内に支払呈示をなし、更に拒絶証書作成の日に次ぐ又は無費用償還文句ある場合には呈示の日に次ぐ四取引日以内に裏書人に対し支払拒絶の事実を通知することを要し(手形法七七条一項四号、四五条)、振出人に破産、支払停止又は強制執行を受けるなどの事態が生ずれば、満期前でも遡及権の行使が可能である(同法七七条一項四号、四三条)が、その場合、手形面記載の支払場所は支払期日内における支払呈示についてのみ効力を有するにとどまるから、満期日前に遡及の前提としてなす支払呈示は、振出人の住所又は営業所においてなすべきものと解される(最高裁判所昭和五七年一一月二五日第一小法廷判決・判例時報一〇六五号一八二頁参照)ところ、弁論の全趣旨によれば、控訴人は右いずれの支払呈示もなすことなく期間を徒過したことが認められる。

そして、大量処理に追われる銀行窓口では、信義則上個別に顧客の意思確認をすることが要求されるなど特段の事情のない限り原則として定型的、画一的処理をもつて足りるものと解されるところ、これを本件についてみるに、高田は、被控訴人銀行江戸川橋支店において、入金依頼の申込みをなし、これを拒否されるや不渡り符箋を付するよう求めたにとどまり、それを超えて遡及のため満期日まで被控訴人において手形を所持するよう求める意思表示をしたことはなく、右符箋を付しただけで手形の返還を受けたのであるから、被控訴人に対し遡及権喪失の責任を問うのは失当である。このことは、被控訴人が当時振出人である都市企画設計に対する銀行取引停止処分のあつた事実を知つていたとしても、単にそのことのみでは、前記結論を左右するものではない。

むしろ、控訴人自身において、遡及権保全のため、満期日前であれば、振出人の住所か営業所において支払呈示をし、あるいは、満期日又はこれに次ぐ二取引日以内に手形面記載の支払場所で改めて支払呈示をする必要があつたのに、これを怠つたため本件手形の遡及権を喪失したものというべきである。

三  したがつて、本件(1)手形の金額二〇〇〇万円及びこれに対する満期日昭和五九年一〇月一一日から支払済みまで年六分の利息金の支払を求める控訴人の請求部分を棄却した原判決は相当であつて、これが取消しを求める本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却

(裁判長裁判官 舘忠彦 裁判官 牧山市治 赤塚信雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例